🦋‪

🦋‪

🦋

昔々、まだこの世のお星様がこんぺいとうで出来ていると信じられていた頃のおはなしです。

🦋‪

今にも地面に落ちてきそうな灰色の厚い雲に霞んだお月様が虹色の衣を纏ってぼんやりと白く照らしている、この雪の降る石畳の街に一軒の古いふるい骨董屋がありました。
骨董屋を営んでいるおじいさんは、かつては偉大なる魔法使いと呼ばれていました。

おじいさんは若い頃、色々な国を旅して廻り、その途中で戦や諍いがあればそれをおさめ、怪我をした人がいれば魔法で癒し、救いを求める人々には預言を与えてそれはそれは立派な功績を修めたのです。いつしかおじいさんは八百八十八頭の獣と四百四十四体のゴーレム、そして大いなる力を持つ4柱の精霊を従えるとても立派な魔法使いになり、たくさんの弟子もできました。
弟子が皆それぞれ一人前になり、おじいさんの元から巣立ってゆくと、自らの衰えを感じ取ったおじいさんはある事を思いつきました。

ーーーわしももう長くはない。かつてのように悪と戦える力も残されていなければ、怪我人を癒せるほどの魔力も持ち合わせがないのだ。わしに残された魔力はわずかだが、求めるものがいるならばその者に譲ろう。わしが各地を巡って集めた、この魔力の籠った品々と共にーーーー…

そうしておじいさんが長い長い旅の果てに営むことにしたのが、この骨董屋"Wunderkammer"という訳でした。

🦋‪

ある日のこと、いよいよ自らの命の終わりを感じ取ったおじいさんは大変な事に気が付きました。
「最後にこの店のものを全て必要とする者の手に行き渡らせるのがわしの使命であったが、この調子ではどうにも間に合いそうにない。今から従業員を探そうにも、雇う頃にはわしはもうここにはいないじゃろう。」
おじいさんが骨董屋を営むようになってから、長い長い月日が経っていました。あんまりにも時間が経ったので、この骨董屋のある街からは、魔法のことや魔法使いを知っている人はすっかりいなくなってしまってしまっていたのです。

おじいさんが骨董屋の中を見渡すと、窓辺に一人の女の子が座っているのが見えました。女の子はお人形で、おじいさんが旅をしていた頃にとある森で出会ったゴーレム職人に教わった方法を用いながら自らの手で土を捏ねて作り上げたものでした。
おじいさんは女の子に願いました。

ーーーーああ、愛しい我が娘。おまえの欲しいものを与える代わりに、わしの願いを聞いておくれ。どうかわしの代わりに、ここの主となっておくれ…

すると、喋る筈のない女の子から包み込むような柔らかな声が返ってきました。

「優しく捏ねてわたしを作ってくれたおじいさま。大好きな貴方の願いとあれば、店の主とならない訳にはいきません。わたしのほしいものはたったひとつだけ。わたしは、わたしの名前がほしいのです」

霞んでいく意識の中、おじいさんは次から次へと流れていく様々な思い出の景色を眺めながら考えました。
そして、旅の途中で出会った、とある思い出深い飲み物から女の子に名前を付けたのです。

それは、果実の種の中から白い核を取り出して作る、甘くて少し苦くて、幸せな気分になる飲み物。
愛しい我が娘の白き心が、永久のものでありますように。

ーーーーおまえの名前は、アマレット

その瞬間おじいさんは、女の子…いいえ、アマレットの無機質な身体の中に、自分の中に最後まで残った小さな魔法の力が注がれていくのを感じました。
おじいさんは自分の生み出したお人形に、最初で最後のプレゼントとして、名前とともに魔法の力を授けよう、と思ったのでした。

🦋‪

石畳の街にひっそり佇む、古いふるい骨董屋
『Wunderkammer』。
窓を覗いてもだれかの気配はありません。
…でもね、もしその扉を見つけたのなら、月夜の晩にそうっと叩いてご覧なさい。
薄暗い店内からきっとお人形の女の子が出てきて、あなたを歓迎してくれるでしょう。

彼女の名前は、アマレット。
無機の館の、ちいさな主。

関連記事一覧