とある夏の一日

とある夏の一日

「ご主人、晴れて良かったね〜。」
8月の中頃、月来香と熊ノ平駅の跡地にやって来た。
ここへはほぼ毎年このくらいの時期に来ることにしているのだ。昼には少しまだ時間があるこの時間帯は人も殆ど来ず、蝉の声だけが耳に入ってくる。

僕が高校生の頃だから、20年ほど前だろうか、この付近を歩いた事があった。森の中、やや開けた場所に大きな踏切があって、そこを渡るのだ。あの時も丁度このくらいの時期で、木々の緑、線路、蝉の声、ありふれた夏の情景だった筈だけれど、今も心に強く残っている。原風景のようなものかも知れない。

「風が気持ちいいね。」
月来香が僕の隣に座る。日差しが強い、眩しそうに目を眇めている。

「ん、しょ…と。」
月来香が立ち上がって線路の上を少し歩いてこちらを振り返る。
「ねぇ、ご主人。あっちの方にトンネルが見える、行ってみよう!」
久しぶりの外出だから少しばかりハイになっているのかも知れない。
トンネルの向こう側、暫く歩けば眼鏡橋がある。名所だから人も多いのだ。それに、もう少し彼女とここでゆっくりしたかった、というのは何となく恥ずかしい気がして黙った。
「えぇ〜。じゃあ、また今度来た時には連れて行ってね。」

結局、僕は未だにあの時の景色に『再会』出来ていない。それでも懲りずにここに来ようと思った。ここに来る理由が今一つ増えたから。

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