小話

小話

シィアの過去

今日は仕事が休みだから、買い物に行こうかとリビングを通り過ぎた時、ふと思いつきで1つ上の兄の嫁の手を引いたのがきっかけだった。
買い物前にカフェへ入り、暑くなってきたので冷たいフレッシュジュースをオーダーした。
「こゆとこ、来るの初めてなの?」
「ええと…はい、こんなところ、が、あるのです…ね」
キラキラと目を輝かせて彼女は笑う、それは下の妹たちを見ているようでなんとも微笑ましいのだが…。
このたどたどしい言葉遣いと、世間知らずとなってしまっている要因を考えてるとなんとも言えない気持ちになる。
彼女は最近まで、ある屋敷に監禁状態にあり、それを保護したのは兄である。まあ、まさか嫁になるとまでは思わなかったけれど、彼女は屋敷の外の世界を知り始めたばかりなのだ。
「それじゃ、今日一日私に付き合ってもらうわよ。色んな場所に連れて行ってあげるわ」
「ほんと、ですか?ありがとう、ございます!」
買い物がてら、なんて言い訳で、本当はそちらの方が本来の目的だとは言ってやらない。後で兄に自慢してやるのだ、可愛い義理の姉との楽しい時間を過ごしたことを。
「時間はたっぷりあるから、ここでゆっくりしましょ。私、シィアの話が聞きたいわ」
「わたし、のですか?あまり、おもしろくない、ですよ?」
「いーの。ねっ、聞かせてよ」
「はい、わかりました。わたしの、こと、ですね」
そうして彼女は、ゆっくりと、そして一生懸命にまだ慣れていない言葉たちを紡ぎ出した。

「わたし、が、くらしていたのは、プレフィア、というなまえのところです。とても、つめたいところ…」
プレフィアというのは北方にある寒冷地で、たしか大きな山がある場所だ。
「いつもつめたいですが、すこしだけあたたかくなるきせつが、あります。はなが、たくさんさいてきれいですよ」
夏の間はとても綺麗な青空と白い花が咲き誇ることで有名だと聞いたことがある、なるほど彼女の故郷はとても素敵なところのようだ。
「わたし、はおとうさんといっしょでした。でも、どこからきたのかわからないひと、に…わたしも、ツノがなくなりました」
「おとうさんが、いってました。わたしたち、はきらきらしているから、わるいひとにはきをつけなさい、と。そのひとたちが、わるいひと、でした」
「わたしは、そのひとたちに、しらないところにつれていきました。そして、わたしはおやしきにいました」
一生懸命語る彼女のたどたどしい言葉から伝わってくる一つ一つが、とても辛いもので、私は彼女に掛ける言葉が見つからなかった。
兄から少し聞いていたけれど、彼女の体験談はそれ以上のものだった。

「おやしきには、たくさん、のみたことがないもの、いっぱいでした。わたし、はおやしきのひろいおへやを、もらいました。そこ、にはいっぱいの、ほんがありました」
「本がたくさんあったのね、書庫かしら…」
「しょ、こ?…わかりません、でも、いっぱいありました」
彼女を買ったという富豪は兄からは随分高齢だったと聞いていた、乱暴なことはされなかったと思うけれど、ずっと書庫らしいところに閉じ込めていたなんて…。
「おへやの、そとにはでられません…ので、もじをすこしおしえてもらって、ほんをよんでいました」
「ことばのほん、ほうせきのほん、たびのほん、それから、とてもきらきらした、おはなし…えっと、ものがたり?と、いうほんが、すきでした」
「わたし、は、セドさまたち、がくるまでは、そとにでられるなんて、おもいません…なので、いま、おねえさん、とおはなしして、いるのが、ゆめみたい…です!」

きらきらと、心底嬉しそうな笑顔を向けてくる彼女に、目頭が熱くなったことは内緒だ。
「…話してくれてありがと、またひとつ仲良くなれたわね」
「!はい、たくさんおはなしできました。とてもうれしい、です」
私たちが想像できないような生活を送っていた彼女はなんの因果か兄と出会い、今私の前にいるのは事実なのだ、兄には悪いが今日は私が彼女を幸せにしようと決めた。
追加で苺がたくさん乗っているパフェを注文し、2人で食べる。なんのことはない、家族の日常なのだ。
今日はまだ始まったばかり。後で思い切り兄に自慢しよう。
さあ、次はどこにいこうかしらと、嬉しそうな彼女を見てプランを練るのだった。

関連記事一覧