むっさんの話。

むっさんの話。

火傷痕の娘

北嶺軀(きたみね むくろ)。
66番目にウチに遊びに来てくれた子。
愛称はむっさん。

彼女がこの名前になったのは生を受けてから8年後の事。
その頃の話から。

ある孤児院の少女

ある孤児院があった。
その孤児院は孤児を受け入れ、子に恵まれない人へ養子縁組を取り持つ役割をしていた。
今まで700人余りの孤児が新しい家族との暮らしを手に入れてきた。
彼女もまたその1人だった。

696人目に孤児院に受け入れられた彼女は、その番号を刻印されたタグを首から下げていた。
他の子も番号は違えど同様だった。

多くの孤児と同様に、彼女にも養父となる人が現れた。
新しい門出に、孤児院はとても素敵なドレスを用意してくれた。

結論から言えば、養父となった男は自分の自由に出来る存在が欲しかっただけだった。
用意されたのはドレスなどという女を彩る衣装でははく、男を欲情に駆り立てる為の衣装だった。

男の寝室には少女と背格好の近い髑髏が並んでいた。
「君も一緒に並べてあげるね」
という言葉を聞いたと同時に意識が無くなった。
目が覚めた時には右腕がなかった。
「ほら見て!
肉が溶けて骨が見えてきたよ。
綺麗だよね…目には見えないけど人を支えてくれてる存在。
僕ってそれが好きなんだぁ」
意味が分からなかった。
そこで酸に呑まれているのが自分の腕だと言う事も。
「次は君の左腕の骨も見たいんだ」
と言った所で理解した。

必死だった。
自分の右腕を溶かしている容器を頭突きして叩き割った。
顔の右側に強烈な痛みが走ったけど、そんな事今はどうでもいい。

男は目に薬品が入っただけでアタフタしている。
くわえていた煙管から火の手が上がり、屋敷には炎が。

その隙に少女はその男の元から逃げた。
残った左腕を必死に振り、右腕の重さを失ったことで何度も転びながらも。

古物商の男

少女は路地裏で力尽きた。
冬の寒い日だった。
誰にも気付かれず死んでいくのだろうかと思った時、1人の男が目の前にいた。
男の右腕が少女の左腕を乱暴に掴み、その体を肩に乗せた。
反抗する気力もなかった。
意識を失う前の最後の記憶。
この男、左腕がない…。

目を覚ますとゴミ屋敷にいた。
「ゴミ屋敷とは失礼だな」
声に出ていた。
男は北嶺と言った。
職業は古物商。
肩書きはそうだが、自分の仕事は世間に価値を知られていない物に価値を見出す仕事だと言う。
「お前もそうなれ」
そうも言った。

少女は男の仕事を手伝うようになった。
「俺は左腕がない。
食わせてやるから左腕になれ」
命令だった。
「よろしくな軀」
何のことだと聞き返すと、それはお前の名前だと返す。
「首から下げてるだろう。6.9.6。
そこからむくろだ」
安直過ぎる。
そう思った。
「俺だって3/26生まれでミツルなんだ。我慢しろ」
我慢しろってどう言うことだよクソ。

春になった。
3/26。
その日は男の誕生日。
帰宅した男はケーキを手にしていた。
自分で自分の誕生日ケーキ買うのかよと悪態をついた。
じゃあ来年はお前が買ってこい。
お前の分は俺が買う。
納得しかけたが、そもそも小遣いなんてない。
小遣いを要求した。

10年が経った。
その日もまた寒い日だった。
「お前美人になったなぁ」
「アンタは相変わらずムッサイな。
年々加齢臭も悪化してる」
「お前その口の悪さ直さないと彼氏も出来ねぇだろ」
「余計なお世話だよ独身貴族め」
「確かに独身貴族だが、10年もコブ付きだからなぁ…
良い話なんてこんよ」
「…っ」
「何?責任感じちゃってるワケ?凹んだ?」
「…誰が凹むか!こんなクソジジイに嫁なんてくるワケなかったな!」
「おーこわ。こんなクソ娘になるとはなぁ…嫁の貰い手も無いわ。
パパ育て方間違えちゃったかなぁ」
「……責任取れ」
「責任?」
「クソジジイにはクソ娘がお似合いだって言ってんだよ分かれよ!」

精一杯だった。
10年暮らしてきて何もかも見られているのにこんな感情を持つなんて思いもしなかった。
「………そうさなぁ…。
…俺、赤リップの似合う酒の強い女が好きなんだよ」
「そ、そうかよ…クソ…」
「だからな…
あと2年したらお前も20だ。そしたら酒盛りするぞ」
「…どういうこったよ…」
「お前を酒の強い女にしてやるよ」

男はそう言って笑った。
「でも俺って言う女は好きじゃねぇなぁ。
せめて私と言え」
「お前のがうつったんだろが!」
「あ?俺のせいか?
…私のせいだっておっしゃりたいの??」
「その気持ちわりぃ言い方やめろ!」

小さな星

その豪快な笑顔を見れたのはそれが最後だった。
「婚約祝いに呑んでくらぁ」
と出て行って、そのまま事故で逝ってしまった。
冬の寒い日に出会い、別れてしまった。

少女は大人になり23になった。
朝には赤いリップを塗り、夜になれば酒を呑む。
赤リップの似合う酒の強い美人になれたのに、あの人はもう居ない事が余計酒を進ませる。
“私”、酒、強くなったのになぁ…
そう呟いても、口を大きくして笑うあの人はもういない。

帰り道。
あの路地裏。
15年前のあの寒い日、私はここで生まれたんだとふと目をやると、視線の先には一人の少女が泣いていた。

あぁ。
これは私だ。
あの日の私なんだと思った時、あの人の笑い声が聞こえた気がした。
「どうしたの?」
「……腹、減った…」
「…ご両親は?」
「…いない……」
「…そう…」
私はその子を抱き締めていた。
同情だろうか。
違う。
見ていられなかっただけ。
あの日。
乱暴だけど私の手を取ってくれたあの人が。
あの人のような人が、この子にはいなかったんだ。
「私の家で温かいごはん、一緒に食べる?」
「…うん…!」
そう言って顔を上げたその子の笑顔に私は、懐かしいあの人を思い出す。
もう思い出の中でしか会えないけれど、確かに私の中で生きている。

今度は私の番。

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