とある日の会話(ネージュ、イルシー)

とある日の会話(ネージュ、イルシー)

「オレ、イルシーはあの子のコト追い出すのかと思ったヨ」

吹き抜けになっている2階部分、手すりの内側の本棚を見ながら、ネージュが唐突に話し始めた。
来訪者がイルシーの肉球を触ろうとし、それに対してイルシーが機嫌を損ねた時の話だ。
それを聞いたイルシーは、ちらりとそちらを見てから手元の本に視線を戻した。

「そうですわね…魔術も使えなくして森の中を何日か彷徨ってもらって、二度とこの店に踏み入れられないようにして差し上げようかしら、とは思いましたけれど」
「肉球の怨みコワー」

本を読みながらしれっと呟かれた言葉に、ネージュはケラケラと笑いながらそう茶化すように囁いた。
実際、イルシーの一族では肉球を触らせるのは信頼する者にのみであり、それ以外の者からの接触は侮辱にあたる。
それ故に、ネージュの言うような怨みとは別であれ、イルシーが拒絶したのも当たり前のことではあった。

「聡い子で知識も有り、探究心があるのは結構ですけれど…相手に不快な思いをさせてまで、というのは宜しくありませんことよ」

ぺらり、とページが捲られる音。

「それにこちらの拒絶を理由に、物分りのいい振りをして離れる、というのも気に入りませんわ」

当人にも告げてあったが、子供が思い通りに行かない事に拗ねるようだと。

「けれども、当たり前ですわね。あれはまだ幼子ですもの…私が大人気なかった、という事ですわね」
「イルシー謝ってたもんネ」

吹き抜けの手摺の上に座り、本棚から引き抜いた本をぱらぱらと捲るネージュが、そういやそうだった、と呟く。

「それに、あの子には必要な事を教える者が居ませんのよ…だから、傷を負いながら、その理由を活かせていない…」

彼女自信が、自らの言動が理由で実の両親からの責め苦を受けた事を自覚している。
なのに、それをどうするのが正解なのか、どうすれば身を守る術に出来るのかを教える者が居ない。
それではいつまでも繰り返し、あの傷跡は彼女の戒めとなってしまう。

「ほんの少しだけ、興味が湧いただけですわ」

イルシーがページを捲る音が、言葉に被る。
ネージュは興味無さそうに本を閉じ、本棚に納めると、それよりも楽しそうな階下の話に視線を落とした。

「興味?」
「えぇ…そうですわ」

興味、とは程遠い体勢。
ソファに腰を下ろし、気だるげにページを捲るイルシーの姿。
ちらりともネージュを見ない彼女は、なんでもない事のように言葉を紡ぐ。

「歩き方を知らない幼子に、手を差し伸べたら…どれだけ上手に生きられる(歩ける)ようになるのかしら、と」

計算高く、強かに、うまく生きる(立ち回る)必要がある。
そう彼女に伝えたように。
差し伸べた手、与えた助言を糧とし、永きを生きる魔女すらも利用できる程に。
聡い幼子の行く末に、興味を持ったのだ。

「それで加護まであげたんだネェ」

過保護だネ、と笑うネージュを、イルシーは見ない。

「幼子の成長に、枷は不要ですことよ」
「ふぅん?そういう事にしておくヨー」

ただ、静かに返した言葉に、ネージュは含みのある声音で呟き、くすくすと笑った。
魔女の加護も、祝福も。
本来ならば早々簡単には与えないものであり、特別なものだ。
手を差し伸べるだけではなく、それを与えるのは、イルシーの優しさなのだとネージュは思う。

あとがき

イルシー様が他所キャラ(創作っ子)に肉球をむにられそうになりおこになった時のお話。の、後日談。
どちらかと言えばネージュとイルシー様の掛け合いを楽しむための小話とも言える。

関連記事一覧