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dragée

昔々…と言っても、今よりどれくらい昔なのでしょう。世界が生まれる前かもしれませんし、それとも昨日の事なのか、もしかしたら今よりも後の出来事なのかもしれません。

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ーーー召喚者甲は、自らの召喚した精霊を眷属とするにあたり、契約を締結する。合意の場合には、これよりその旨を述べよ

「異論はありません。合意いたします。」

ーーー出頭者乙は、甲の召喚に応じ、甲の眷属となるにあたり、契約を締結する。合意の場合には、これよりその旨を述べよ

「け、眷属…まあこの際状況的にああだこうだ言ってられないわね。合意よ、合意!!」

ーーーーー聞き届けたり。両者の合意により、我が名において、この契約は締結したものと見なすーーーーーーーー

❄️

……こんにちは。わたしはドラジェと言います。
召喚という魔法魔術において、召喚者と被召喚者の間で正しく契約を締結させるための立ち会いをするための精霊として、生まれてきました。
契約は両者に公平に、どちらかの不利益となる事の無いよう。
そして、その契約の締結が、両者に祝福をもたらさん事を。

…その契約締結において重要となってくるのが、召喚者と被召喚者の相性だったり、運命だったりする訳で。
そのあたりをうまいこと見計らって契約を成立させるのが、我ら精霊の使命で。
アマレットとベラドンナは近年稀に見る最高の相性で、だから契約すれば2人が幸福になるどころかそのまわりの人にも祝福がもたらされる、そう思っての判断でこの契約を成立させるため、私は尽力しました。
まあこの界隈にだけ言えたことではないんですが、大きな契約の成立に立ち会う事はわたしの功績にもなりますし。
これからのふたりの活躍と私の仕事への報酬に、かなりの期待をしていました。

契約締結を見届け、この大きな仕事を無事に終えたわたしは、すぐさま上官さまに決裁を回しに行きました。
いつもより豪快な笑顔で、「でかしたなァドラジェ!!」そう言ってくれる事を想像しながら。
…でも、わたしの契約書に目を通すなり上官さまが浮かべた表情は、わたしが想像していたのとはかなり違ったものでした。
上官さまはいつもより豪快に眉間に皺を寄せ、その後真っ青な顔になって、わたしにこう言ったのです。
「しでかしてくれたなァ…ドラジェ……」

上官さまはわたしに着いてくるように言うと、部屋の重々しい扉を開け、その場を後にしました。
……どうして?わたしは、なにか間違った契約を結んでしまったの………??
業務態度は決して真面目とは言えない自覚はありますが、なにか大きな間違いを犯したとは思えませんでした。
不安と緊張感を胸に上官さまの後に続いて、着いた先は元老院に所属する精霊達の控える部屋でした。
元老院の精霊さまは、言うなれば大先輩。召喚者と被召喚者の中立に立つ我々精霊がきちんとその役目を果たせているかの監督も務める諮問機関のお方にもなります。
いつも業務を片付けるだけの場所とは全く違う、荘厳な装飾の重厚な扉。
それを開けると、広い部屋。
馬蹄系の机にずらりと並ぶ、元老院の方々のいくつもの鋭い瞳がわたしを捉えています。
「ドラジェ。本日あなたをこちらへ呼んだのは、アマレットとベラドンナの契約を締結させた件についてお話することがあるからです。」
わたしにかけられた声は柔らかな女性のものでしたが、それは温度を感じられない冷たいものでした。
「…不手際でしょうか。申し訳ありません。わたしは、なにをしてしまったのでしょうか」
わたしは、口を開くのもやっとの状態でした。
すると、馬蹄系の机の中央に…
……これを読んでいるあなた方にも分かりやすく例えると、立体映像?という表現が適切なのでしょうか。
丸くぼやけて映し出された蜃気楼は、旅の魔法使いの様でした。

魔法使いは、なにやら別の人間と話して意気投合しているようです。
話し相手の人間は、王族の者でしょうか。重そうな天鵞絨の服に、金銀宝石の装飾。なんて悪趣味なコーディネート。
王族は魔法使いに、自らの王国の軍勢を貸し与える話をしているようでした。
話が終わると、魔法使いは土地を敷き詰めるほどの軍勢を率いて、何処かに向かいます。
着いた先は、……森。
ああ、この森は知っています。下調べの段階で見たものと一緒です。
そよそよと柔らかな風が吹き、木漏れ日はきらきらと輝き、蝶々が舞い、花々が咲き乱れ、動物たちは甘く美味しい湖の水を飲む、この光景は……

「この森は…、ベラドンナ……!!!」

そうです。この森は、ベラドンナの精霊一族が治めていた、森林の王国です。
わたしはアマレットとベラドンナの契約を締結させるにあたり、ふたりの資料については目を通していたつもりです。
この美しい森はベラドンナの資料によれば、確か…この後悲惨な運命を辿るはず……

…わたしは、魔法使いの率いる王族の軍勢が炎を宿した矢を次々と森に放つ光景を目の前にし、ただただ胸の締め付けられる思いでした。
これは魔法で再生されている、ただの過去の出来事にすぎないのに。

くすぶり続ける炎の中から逃げてきた、ベラドンナの一族に仕えていた獣の兵士やゴーレム達は、王族の軍勢により次々と捕獲され、どうやら捕虜として魔法使いに連行されていった様でした。
わたしは耐えられなくなり、思わず叫びました。
「やめて!!もうこれ以上酷いことをしないで!!」
「落ち着きなさい。これは過去に起こった光景を、この場で蜃気楼に映し再生しているだけにすぎません。あなたはこれを、最後まで見届けなければいけません」
元老院の方々は、わたしが取り乱す事すらも許してくださいませんでした。

やがて蜃気楼は、ひとりの老人を映し出します。それは、先程の戦乱で王国の軍勢を率いていた、あの魔法使いの年老いた姿でした。
老人は見覚えのある、骨董品の沢山並べられた部屋で土を捏ねて何かを作っているようでした。
はっきりとそれらが形作られはじめると、わたしも何を作っているのか何となく察しがつくようになりました。
ーーこれはつま先。ここは大腿。この球体は関節。今手に持ってるパーツに空けている穴は、アイホール。
この造形には見覚えがあります。わたしが、ふたりの契約を執り行うにあたって何度も何度も下調べを行い、契約締結に至るまで幾度と見たその顔を、わたしが知らない訳はありませんでした。

「アマレット……」

蜃気楼の映像をここまで見終えたわたしは、自分が誇りと自信を持って締結した契約に立ち会った相手が、どれだけ互いに深い縁を持つ者か、わたしの下調べの詰めの甘さと事態の重さをやっと把握する事ができました。

かつて存在した、広大で美しい森を統治していた精霊一族の娘。

そして、その森とそこにいた住人達を、正義の名の元に焼き払った魔法使いにより生み出された人形の少女。

もし、ベラドンナが自らを眷属としている相手が敵の娘ということに気付いてしまったとしたら、彼女はアマレットに対してどのような思いを抱くのでしょう。
きっと身を焦がすほどの炎では足りないくらいの勢いの、禍々しいという表現だけでは到底及ばない感情を宿すに違いありません。
「……ドラジェ」
元老院の方に名を呼ばれ、わたしは我に返りました。
「あなたの見込みの通り、アマレットとベラドンナは最高の相性のふたりです。…それもそのはず。ベラドンナは由緒ある森の血を引く精霊、アマレットは力ある魔法使いから生み出されその魔力の一部を受け継いだ人形。
彼女たちの間に存在する契約により、ふたりの魔力は世界に幸福をもたらす程度の規模の事も出来ましょう。…しかし、各々の持つその力の使い方を誤れば、その魔力で世界を滅ぼしてしまう事も可能です。そしてその運命の分岐は、あの魔法使いの男の存在がふたりの共通認識になるかどうかにかかっているのです」
……やはり、わたしが締結してしまったあの契約は、間違いだったのです。
しかし、結ばれた契約を解除するのは本人達にしか出来ないこと。わたしはただの、立ち会いの精霊にすぎないのですから。

「ただし、あなたの目の前で結ばれた契約が本当に間違いだったのかどうかは、まだ判断するには時間が早いのです」

……それはどういうことなのでしょうか。

「相性の良いふたりの魔力は、正しく使うことができれば、多くの者達に幸福をもたらす事ができます。そこでドラジェ、おまえには次の通り使命を課します。
……おまえが契約に立ち会った召喚者アマレットと被召喚者ベラドンナを、契約締結後も見守りなさい。そして、ベラドンナの住処を焼き払った者とアマレットを生み出した物が同じ魔法使いであるということを、ふたりに悟らせぬよう、上手く立ち回るのです」

…あまりに無茶ですが、自分のやってしまったことの重みを受け止めようと思うとそれは無理ですとはとてもわたしは言えませんでした。
あのふたりの契約が続く限り、わたしはずっとふたりの傍にいなければなりません。
もうここにも帰ってこられないかもしれません。
ふたりがあの魔法使いの存在を、思い出さないように立ち回る。それも、これから先、ずっと。…わたしにそんなことがつとまるのでしょうか。

不安が顔に出ていたのでしょう、ずっと隣で一緒に話を聞いてくださっていた上官さまはそんなわたしを見て、優しくこう言いました。
「ドラジェ。…なにも悪く考えられることだけではない。アマレットもベラドンナも、おまえのように心優しいひとりの少女だ。契約の力を正しく使うことが出来れば、確かに世界にとって大きな幸福となる。でも、もしふたりの間に不和が起きてしまったら、世界がどうこう言う前に当事者のふたりがかなしい思いをするだろう?それは彼女らの契約を見届けたおまえにとっても不本意なんじゃないのか」

確かにそれはそうです。

「簡単な事だよ。おまえは、仲良しでいてほしいふたりの少女のための友として振る舞えば良い。……そのために、おまえにも彼女らと同じ人形の身体をあげよう。魂を宿したボディを上手く動かし、彼女らの善き友となり、善き理解者となりなさい。」

なるほど。…彼女らの善き友としてわたしが存在することにより、場合によっては、あの魔法使いの秘密がふたりの共通認識となり得ても、ふたりの間に亀裂が走らない可能性もあるでしょう。
希望的観測な感じもありますが、もしかしたら上官さまはその可能性に懸けているのかもしれません。

「さあ、ドラジェ。準備は既に整っています。…その扉を開けなさい。」

元老院の方はわたしの後方を指さしてそう言いました。
その先には、扉。わたしがさっき、ここに入ってくる時に開けた荘厳な装飾の、大きく重厚な扉ではなく、
…"Wunderkammer"の札の下がった、木製の小さな扉。
扉の向こうからは、陶器を運ぶ時のカチャカチャという音や、パタパタと硬い床を歩く靴の音が小さく聞こえてきます。
……この扉を開けた時より、わたしは人形のボディを与えられ使命の遂行が課される、…ということなのでしょう。

「………いっておいで、ドラジェ」

わたしは鉄製の取っ手を握り、それをゆっくりと手前に引きました。
よく手入れの行き届いた蝶番は、音をたてる事もなく、ゆるりとその扉を開かせました。

❄️

カランカラン。
扉に付けられた重い鉄製のベルが、響かない音を立てて来客を知らせます。
「はーい。お客様かしら?…あら。あなたもお人形……??」
奥から出てきたのは、ひとりの少女。
硬質な白い肌に、アイホールからのぞく無機物の虹彩。
「…………アマレット」
わたしは目の前の相手の名前を呼んでみました。
「え?」
相手はわたしのことを覚えていない様でした。
「ベラドンナは?」
「え?……ああ!!あなた、もしかしてベラドンナのお友達?ごめんなさいねえ、あの子は今職人の所へメンテナンスに出されているのだけれど……良かったらわたしと一緒に、帰りを待たない?良いお茶があるのよ」
「じゃあ一緒に待つ」
アマレットは注ぎ口から湯気の立つポットを持ってくると、カップにその中身を注いでわたしに出してくれました。
ハーブの良い香りが、わたし達のまわりのを包み込みます。
「ねえ」
お茶を二口ほど飲んだところで、わたしはアマレットに聞いてみました。
「なあに?」
「ベラドンナのこと、すき?」
急な質問におどろいたのでしょう。大きなアイホールをさらに大きくしながら、アマレットはしばらくわたしを見つめました。
そして、その後可笑しそうにくすくすと笑いながら、アマレットはこう答えました。
「ええ、もちろんよ。あなたがベラドンナを好きなのと同じくらい、わたしもベラドンナのこと大好き」
わたしはこの時、彼女ほど笑顔を浮かべられていなかったような気がします。
ちゃんとアマレットには、わたしが楽しそうに見えていたでしょうか。
そんなわたしの心情を知ってか知らずか、今度はアマレットがわたしに訊ねました。
「そういえば、まだあなたのお名前を聞いてなかったわ。なんて呼べば良いかしら?」
……そうでした。アマレットは、わたしのことを知らないのでした。
どう自己紹介するのが良いのでしょう…成り行きに任せてベラドンナのお友達ということになっていますが。

でも、わたしがこれからふたりのお友達になるということはやはり伝わった方が良いですよね。

ーーーーわたしは。

「わたしは、ドラジェ。アマレットとベラドンナの…お友達」

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